猫のお昼寝

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help リーダーに追加 RSS 多田銅銀山(兵庫県猪名川町)から長谷の棚田(大阪府能勢町)へ。

<<   作成日時 : 2008/06/08 23:38   >>

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2008年6月8日(日)

今日は、自転車で多田銅銀山跡地に行ってみた。
まずは資料館。
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代官所の跡や坑道(間歩)跡などが保存されている。

多田銅銀山の歴史は古く、奈良時代には東大寺大仏鋳造の際、銅を寄進したと言われている。
豊臣秀吉時代には、瓢箪間歩、台所間歩など、大いに栄えた。
埋蔵金伝説もある。

江戸時代も、銀山3000軒と言われるほど栄えた。
元禄元年、井原西鶴の「日本永代蔵」には、多田銅銀山の絵屏風を婚礼の品に作ると言う話があるそうだ。全国版の知名度だったと言える。


               金山彦神社
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               青木間歩
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         天井には孔雀石の鉱脈が・・・。
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次に能勢方面へ向かう。

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上阿古谷まで来ると、イチゴのハウスがあった。
朝取りのイチゴを買って、ハウスの中を見学させていただいた。


今時、イチゴは空中にぶら下がって実る。
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           見渡す限りイチゴ。
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ランナーを取って新しい苗を育てている。                 こちらは巨大な親苗
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               途中で、イチゴ休憩。 完熟でおいしい
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               長谷の棚田。日本の棚田百選に選ばれている。
               田植えが終わったばかりの棚田の曲線が美しい。

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やっと「才の神峠」に着いた。

寛文11年(1671年)の道標
多田銅銀山の最盛期で猪名川町銀山に代官所、奉行所が置かれていて、交易、人馬の往来は激しかったとある。
「右二筋は山道、長谷村。 谷は銀山、有馬。 左は池田道。 桐谷清昌」
と記されている。


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           ノイバラ
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           ウツギ
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屏風岩近くまで来ると、田植えイベントやってました。

今時珍しい、昔ながらの田植え風景。
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蒸し暑い1日でした。

                 今日走ったルート。
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コメント(7件)

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今晩は。
相変わらずいい旅をしていますね。こちらにも足尾銅山と言う昭和の時代まで日本一の産出量を誇った銅山があります。そこにはいろいろな物語もあります。もう少したつとそばの庚申山にはここだけにしか咲かないコウシンソウが咲き始めます。小さなムシトリスミレの一種ですが本当に可愛い花です。
私もB子ちゃんのお父さんが買った20万もするバイクを貰って愛用しています。B子ちゃんのお父さんはなんでもいいものが好きで、直ぐに買ってしまいますが、その自転車も買ったまま殆ど乗らずに、すでに錆びてしまい捨てるばかりになっていたものです。私が一生懸命に磨いてすっかり新しくなり、大事に使うと言うことはこう言うことですと、彼に黙って教えています。マウンテンバイクですが軽くて、高いだけあって本当に良いバイクです。
インレッド
2008/06/09 19:02
インレッドさん。
自転車も乗られるのですね。私は慣れていなくて怖がりながら乗っています。足尾銅山もとても有名ですね。そちらに行ったら是非訪ねてみようと思います。
コウシンソウはまだ見たことがないのですが、絶滅危惧種でした?
もし写真を撮られたら、見せてください。虫を養分にして育つのでしょうか。
mon
2008/06/09 23:14
お早う御座います。
足尾銅山には銅山観光と言うのがあり、今でもトロッコに乗って銅山の中を見せてくれます。
コウシンソウは昨年の6月にいき写真をたくさん撮って来ました。可愛い顔には似ず、虫を食べてしまう恐い花です。

http://ymanotayori.at.webry.info/200706/article_4.html

                暇がありました見てください。
インレッド
2008/06/10 09:11
インレッドさん、有難うございます。コウシンソウ、か細い、可愛らしい花に見えますね。(~_~)
奈良に庚申堂と言うのがあるのですが、庚申講のようなものだったのでしょうか。詳しいこと知りませんでした。
http://388-388.at.webry.info/200803/article_6.html
猿が守り神になっていますが、魔よけになっています。
mon
2008/06/10 11:47
monさん、今晩は。
庚申山には今でもたくさんの猿が住んでいます。時々足尾の町の中まで散歩に来ます。猿は庚申山の守り神と今でも言われています。昔は娯楽はあまりありませんでしたから60日に一度村の皆が集まりドンチャン騒ぎを大っぴらにやったものと思います。但し男女の交わりは厳禁だったようです。信長が酔って光秀を打ちすえた日も庚申庚の夜だったそうです。
足尾には備前楯山と言う名前の山があります、栃木(下野)なのに備前なんて不思議な名前の山だなーと思って調べたら、備前の国の刀工が人を殺す刀を作る仕事に罪悪を感じ、キリシタンを信仰しましたが、迫害を逃れてこの地方まで逃れて来ました。ここでささやかな農業をやっていましたが、山に楯山(銅の鉱脈)があるのを知りそれを日光の座主に知らせました。その功績をたたえて出身地の名前をとり備前楯山と名付けました。その備前楯山の下が足尾銅山の主脈です、そこには200kに及ぶ坑道があるそうです。

                    ・・・続く
インレッド
2008/06/10 20:11
・・・続き
江戸時代には立堀でしたが、直ぐに掘りつくしました。その銅山を古河市兵衛さんが買い取り当時の最新技術のダイナマイトの爆破で鉱脈を見つけて、第一次・第二次世界大戦の需要に乗り大富豪になりました。その鉱毒が渡良瀬川を流れて日本最初の公害訴訟になりました。後に彼の優しい奥さんはその鉱毒事件を知り非業を詫びて服毒自殺しました。功成り名を遂げた市兵衛さんですが、晩年はきっと淋しかったことと思います。栄枯盛衰は世のならい・・・平凡な人生が一番かも知れませんね!!。
インレッド
2008/06/10 20:22
インレッドさん。
興味深いお話です。歴史にも凄くお詳しいのですね。
足尾銅山にもそういうことがあったのですね。
鉱山は、どこにも過酷な歴史があるのですね。
インレッドさんは、とても博識でいらっしゃって、何でもご存知なので、とても勉強になります。これからもよろしくお願いします。
mon
2008/06/11 08:22

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