明智光秀にちなんで、金山城と黒井城へ

2020年3月12日(木)

コロナウイルス騒ぎで、遠出もしにくいし、街へ出るのも気が引ける。
ポカポカ春の日差しに誘われて、丹波篠山の金山城へ散歩。

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山の向こうに、黒井城が見える。

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金山城を下山して、黒井城に行く。
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急階段を登り、急登を歩くと、上は360度見晴らしの良い気持ちの良い城跡。
桜の木が蕾を付けている。
桜の季節は美しいと思う。
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近くに「鬼の架け橋」と呼ばれている岩がある。
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暖かくて、日差しが気持ち良い1日だった。




ベトナム・ホイアン・世界遺産

2019年12月18日(水)

ミーソン遺跡を見学してから、ホイアンへ向かった。
ランチには、有名な「バイ・ミー」
フランスパンに具を挟んだサンドイッチだ。これが本当に美味しい。
1個150円ぐらいです。
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ホイアン保存地区を見学するには、チケットが必要で、5箇所見られるチケットを買った。
チケット売り場はあまり目立たず、わかりにくい。
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博物館へ行ってみたら、なんと本日は都合で休みだと。
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保存されている富豪の家を数件見た。
驚いたことに、京都の町家と同じ作り。まるでそっくり。
間口が狭く、奥に行くと中庭があり、更に住居が続く。
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        瓦の形が面白い。
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        見事なブーゲンビリア
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江戸時代の鎖国が始まるまでは、日本人も多く住んでいて日本人街ができていたが、鎖国により寂れた。
日本人が作った屋根付きの豪華な橋は、日本橋と呼ばれていて、観光名所になっている。

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夕食は、ベトナム料理のお店に入ってみた。
有名なホワイト・ローズ。(エビ入りの料理)をどうしても食してみたかった。
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どの料理も本当に美味しい。しかもボリュームたっぷり。
食べすぎてしまいました。
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食事が終わって、外に出てみると、すっかり暗くなっていた。
ホイアンのランタンは有名で、涼しくなる夕方からの人出は、まるでお祭り騒ぎ。

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懐かしいような夜店もたくさん出ている。IMG_0775.jpg

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川には、船を浮かべ、灯籠を流したり、沢山の人。
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夜になると涼しくなるので、人出がぐっと増えるようだ。











ベトナム・世界遺産ミーソン遺跡

2019年12月18日(水)

朝8時にハイヤーをチャーターして、ミーソン遺跡に行ってみた。
ホイアンの南西40キロにあるチャンパ王国の聖地だった場所。

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チケットを買って、電気自動車に乗り遺跡の駐車場へ向かい、そこから更に徒歩で遺跡に向かう。
日本語ガイドはいないので、英語ガイドをお願いする。

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4世紀後半、チャンパの王がシヴァ神を祀った木造の祠堂を建設した。
7世紀にはレンガを使って再建された。
現在は8世紀から13世紀末までに建てられた70棟を超える遺跡が草木に埋もれている。


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きれいな煉瓦色のところは、オリジナルの煉瓦。黒く変色し苔が生えているのは、後に修復したところである。
古いレンガがなぜ変色しないのか、謎なのだ。未だにその製法は解明されていない。

煉瓦の組み方も、摺合せ製法で継ぎ目がない。その技術も解明されていない。


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     伝統的なダンスを見ることができた。

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ベトナム戦争時に解放軍が基地として使用したため、アメリカ軍の空爆で崩壊が進んでいる。
地中に埋まっていた爆弾。

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ベトナム・ダナン。世界遺産「フエ」観光

2019年12月17日(火)

フエは、ダナンから車で2時間以上かかるので、ツアーに申し込んだ。
ホテルで紹介された英語ツアーなら、ランチ付きで3500円程度。日本語ツアーなら160ドルもかかる。

マイクロバスが迎えに来てくれて出発した。
台湾、タイ、オランダ、カナダなど、いろいろな国の人たち。

ベトナム最後の王朝、グエン朝(1802~1945年)の都が置かれた町フエ。
フーン川のほとりに、王宮、寺院、皇帝陵などの風格ある建物が点在する。



           王宮門     
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日本の盆栽と全く同じ。
こういう植木鉢の置き方は、日本人から見ると不安で仕方がない。
この国は地震がないのだろうか・・・・・。

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      これは、お湯を沸かして、罪人を放り込んだと言われている。
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カイディン帝陵
第12代皇帝、カイディン帝の陵。1920年から1931年にかけて造られた。
西洋風の建築で、芸術的にも優れている。
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          見た目よりも遥かに急な階段。
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     ティエンム寺
1601年創建。仏塔は21.24mの7層八角形。天女伝説があるそうです。
ベトナム戦争中、住職が政府に抗議して、焼身自殺をしたことでも有名で、彼がサイゴンまで乗った車が展示されている。

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ベトナム旅行・ダナン

2019年2月17日(火)

暖かいところへ行きたいとベトナム、ダナンを選んだ。
午後到着し、入国管理を出るのにものすごく時間がかかってしまった。
外は暑い。
とにかく、ホテルへ荷物を置いて、ハン市場を見学し、果物を買ったりして、近くの宝石店で両替。

市場は沢山の人で賑わっていて。果物や干物の匂いが蔓延している。

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その後タクシーで夕食に出かけた。

この街では、道路に信号がほとんどない。車は止まること無くどんどん走る。
車とミニバイクがビュンビュン走り回るのだ。
つまり、外国人の私達には、道路を渡りたくても怖くて渡れないのである。

近場のレストランでも、タクシーで行くしか無い状況に笑ってしまう。

ベトナムの料理は優しい味で、とても美味しい。

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レストランを出る頃には、すっかり暗くなって、名物のランタンが綺麗だった。

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明日は早朝から、世界遺産の「フエ」に行くツアーに申し込んだ。



黄葉の入笠山

11月6日(水)

久しぶりに山に登ろうと思ったら、登山靴を忘れてしまった。
冠雪も考えて、アイゼンまで持ってきたというのに・・・・。

予定していた中央アルプスは諦めて、入笠山へ。


入笠湿原は黄葉が綺麗だった。




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            富士山
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            八ヶ岳
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中央アルプス方面も良いお天気だった。残念だ・・・。

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登山靴が無くては厳しいので、近くの光前寺という天台宗のお寺を見物した。
何でも「ヒカリゴケ」があるそうだけど、秋は枯れているのだそう・・・・。

とても立派なお寺でした。早太郎伝説があるそうです。
早太郎は可愛がっていた犬のことですが、怪物を退治してくれたとても勇敢な犬らしい。

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久しぶりに蓬莱山へ

2019年5月11日(土)

昨年の台風で、登山道はかなり荒れていて、通行止めになっているところもある。
いつもの登道は倒木のため通行止め。
仕方なくロープウェイで上がる。


観光ルートは人が多い。黄色の水仙がびっしり植えられていて、写真を撮る人、多数。

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          小女郎ヶ池に行ってみる。
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          琵琶湖、穏やかな水面
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下山は別ルートを取る。シャクナゲがたくさん咲いている。もう終わりかけ。
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今日はもう初夏と言えるお天気。かなり暑かった。





カンボジア旅行・雑記

  旅で見つけたもの。


           ベトナム航空機内食
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                カンボジア入国カード
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                カンボジア・ シェムリアップ空港

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クメール料理は優しい味で、日本人にも食べやすい。

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              泊まったホテルのロビー
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               木琴の生演奏
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                 八重咲き睡蓮の花
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             アンコール・トム  象乗り場
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                   ドリアン売り
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                  こちらのバナナはミニバナナで、甘くて美味しい。   
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                 カンボジア製日本食お弁当
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                   蛇の干物
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                   ワニの干物
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             スーパーで見つけた生の胡椒
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             アヒルの卵。ピンクも天然の色です。
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          一見ライチのように見えたが、なんだかわからず。
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   シェムリアップで一番古いホテル。
   昔は道路もなかったので、ここから象に乗ってアンコール遺跡の調査に行ったそうです。
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                なんでもアンコールワットの形
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カンボジア旅行(7)トンレサップ湖クルーズ

2019年1月24日(木)

トンレサップ湖は東南アジア最大の湖だ。
雨期の頃には、琵琶湖の12倍の面積になるそうだが、今は乾期なのでずいぶん水が減っている。


この湖には、約4000人の人々が主に漁業で暮らしている。


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          筏の上に家が乗っている。
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         筏が流れないように、杭に結わえてある。 
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          これは学校。 教会や寺院もいかだに乗っている。
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クルーズ船の休憩地点は大きな筏の上にあり、お店やワニの養殖をしている。
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ここのワニは養殖物として管理されているので、ワシントン条約にはかからないそうで、財布やハンドバックの材料として輸出される。

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マングローブの森。水が多いときには、ボートで森の中を探検できるはずだが、今は水が少なすぎる。

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                 見事なマングローブの森
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湖のクルーズが終わって、街の中心地へ向かう。
雨が降らないため、乾燥した赤土の土埃。植物の葉は土埃で赤く染まっている。

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途中、中国系のスーパーマーケットに寄ってみた。
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それからオールドマーケットに行って、ちょっとした買い物。
同行のオジ様たちが、上手に値切ってくださって、とても安く買えました。



それから近くのお寺へお参り。プレアンチェープレアンチョム寺。
お寺には、蓮の蕾をお供えする。
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カンボジア旅行(6)プレア・ヴィヘア

2019年1月23日(水)

9世紀末に、ヒンズー教寺院として建造された。
タイ国境に近い山の上にあるクメール文明最大の山岳寺院である。

クメール王朝はとても大きな国で、タイ、ラオス、ベトナム南部、マレー半島に及んだ。

このプレア・ヴィヘアは、タイとの国境線上にあり、領有権問題があったが、国際司法裁判所により、カンボジア領と認められ、2008年に」世界遺産になった。
シェムリアップからは、バスで5時間ほどかかる。



北部は農村地帯で、カシューナッツ、マンゴー、胡椒などの畑が続く。
乾燥した大地でも青々と育っている。乾燥に強い植物らしい。
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ここでバスを降りて、4人づつ4躯のピックアプトラックに乗り換える。
細い急斜面の道を、クラクションを鳴らしながら登っていく。


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   駐車場から歩くと参道の階段の途中に出る。

   この階段の下はタイ国境だ。
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             ここにもナーガの像    
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         長い参道を歩いていく。

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ここは一般的なクメール寺院とは異なり、南北軸が伽藍の基軸になっている。
5つの塔門が北から南へ、一直線上に配置されている。

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      第二塔門には、乳海攪拌のレリーフがある。

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                      またまた長い参道。
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山頂の南側は、断崖絶壁でカンボジアの大地が見渡せる。
今の時期は焼き畑をしていて、その煙で景色が霞んで見える。

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カンボジア旅行 (5)ベンメリア遺跡

2019年1月23日(水)

カンボジアには、1000個以上の遺跡があるそうだ。

この遺跡は、発見されたままで修復しないで保存している。ここは修復しないほうが魅力的だ。
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                            長い参道を歩いていく。

       
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                   ナーガ(蛇神)の像
これは土の中に埋もれていたため、風化することもなく、完全な状態で発見された。
細かい彫りの部分もきれいに残っていて 素晴らしい。

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そのままの状態で保存されていることが、却って見ごたえがあり、タイムマシーンで時間を遡ったような気がする。
時間の蓄積がここの空気を包んでいる。

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ここは映画「ツームレーダー」のロケ地になったところらしい。
アンジェリーナ・ジョリーさんは、その縁でカンボジアの子供を養子にしている。

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カンボジア旅行 (4)タ・プロム

2019年1月22日(火)

創建は1186年。ジャヤヴァルマン7世による。
彼の母は仏教徒であり、母のために造った仏教僧院であったが、後にヒンズー教寺院に改造された。
そのため、仏教色の強い彫刻は削り取られている。


ここは樹木の除去や、本格的な石の積み直しをしないままで保存されている。
巨大な樹に押しつぶされそうになりながら、かろうじて寺院の形容を保っている。





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熱帯の自然の脅威を感じる。根の力が石を持ち上げて建物を壊していく。
木の根が、まるで大蛇のように見える。


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カンボジア旅行(3)プレループ遺跡の夕日

2019年1月22日(火)

プレループ遺跡の方へ移動して、見学。
創建は961年。
ここはアンコールワットのように、石を積んだものではなく、素焼きレンガを積んだピラミッド式で建造されている。
3層のラテライトの基壇の上に、5基の祠堂が並んでいる。

中央伽藍と東塔門の間には死者を荼毘に付した石槽があり、火葬の儀式が行われていた。


急階段を登ると、周りがジャングルに囲まれているのがわかる。

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             夕日が落ちるところが、樹と重なってしまうのが残念だ。
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                   乾ききった土でも、花が咲いていて驚く。
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夜はアプサラダンスのディナーショー。
クメール文化の華と言われる、宮廷の踊りだ。
アプサラは、天女、天使とみなされ、踊りは神への踊りとして捧げられる。
アンコール遺跡のレリーフにも数多く登場している。

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独特の単調なメロディーで、指先の動きが様々な意味を持っている。
この日の演目は、「乾期が終わって雨期が来るのを待つ」という内容だった。

この時期、空気は乾燥していて、地面は乾きに乾き、鉄分を含んだ赤土の砂が舞っている。
喉を痛めて、咳き込んでしまうほどだ。


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独特のメロディーが、ずっと頭の中に残っていた・・・・・。










カンボジア旅行(2)アンコール・トム

2019年1月22日(火)

アンコールワットのサンライズを見てホテルに帰って朝食を取った。
その後、アンコール・トムの見学にでかけた。


アンコール・トムの建設は12世紀末。ジャヤヴァルマン7世による。
彼は仏教を信仰したが、これまでのヒンズー教も取り入れた。
一辺約3キロメートルの城壁に囲まれた王都である。

城壁はヒマラヤ山脈を表し、周りを取り囲む環濠は、大海を表すという。
その中心に位置するのが、バイヨン寺院である。


大きな外堀は綺麗に掃除されている。乾季である今の季節は掃除が楽だ。
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南大門から入る。 門の入り口では大抵の場合、ナーガという蛇神に迎えられる。

ナーガの胴体の上に神々と阿修羅が乗り、綱引きをしている石像がある。

これは不老不死の薬を得るために、マンダラ山という山を引き抜いて、巨大な亀の背中に載せ、それに7つの頭を持ったナーガという蛇を巻き付けて海を撹拌するという、スケールの大きすぎる物語である。
これを「乳海攪拌の物語」という。
長い物語なのだが、結果、神様が勝って、「めでたしめでたし」となる。


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中心はバイヨン寺院である。巨大な4面仏が掘られた南大門から入る。
アンコールトムには5つの門があり、これが一番美しいと言われる。
東側には勝利の門と死者の門がある。

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第1回廊には美しいレリーフが刻まれている。
戦闘の様子、戦闘の後方支援をしている庶民の生活など。第2回廊には王宮の生活など。
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テラスには4面に彫られた4面仏が、49塔(196面)あり、彫られた観世音菩薩の表情は様々である。

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バプーオン寺院
バプーオンは隠し子という意味。
クメール王は、戦いのときに自分の息子を守るために、この寺に隠したという伝説がある。
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     虹の架け橋と呼ばれる空中参道。地上と天界をつなぐ虹の架け橋という意味がある。
     雨期の頃にはここまで水が来るのだろう。
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パプーオン寺院の北隣には王宮跡があり、ピミアナカス寺院がある。天上の宮殿という意味がある。
王の住居であったと言われている。

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              象のテラス
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              ライ王のテラス
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カンボジア旅行(1)アンコール・ワット

2019年1月22日(火)

突然のようにカンボジア旅行の話がもちあがり、アンコールの遺跡群に行ってきました。


前日、ベトナム航空でホーチミンへ。そこからカンボジアのシェムリアップに向かった。
シェムリアップに着いたのは夕方。
そこからホテルに向かい、クメール料理をいただく。
優しい味の料理。日本人にもあまり抵抗がない。




翌朝はアンコールワットの朝日を見学するために、早朝5時の出発。
チケットセンターに寄り、顔写真入りのチケットを作る。
1day 37ドル。
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チケットのチェックはかなり厳重で、遺跡に入る時にこれが無いと罰金を取られるとのこと。


暗い中を懐中電灯の明かりで、アンコールワットの前のお堀の前へ。
すでにたくさんの人が陣取っていて、見えにくい。


やっと夜明けの写真を撮ったけれど、他人のスマホの明かりがたくさん写っていて奇妙な感じだが仕方がない。
スマホも良し悪しです。
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             徐々に空が白んでくる。
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             日の出です。6時45分頃。
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ここで革細工を見つけて、とても買いたかったのだが、時間が限られているのと、到着したばかりで金銭感覚がわからない、子供が売っていたので躊躇してしまった。もっと時間があれば買いたかった・・・・。
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         朝は睡蓮の花が美しく咲く。ここは常夏の国なのだ。
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ホテルに帰って朝食を取ったあと、アンコール・トムの見学に行き、午後からしばらくホテルで休憩。
真冬の日本から急に37度を超える真夏の地に来たので、夏バテになってしまう。
休憩の後、再度アンコールワットの見学に出かけた。


夜明けに見た姿とは印象が全く違う。

左側の橋が本来の参道だが、上智大学調査団の援助で修復中である。
50m右に浮橋が造られていて、そこを渡る。

アンコールワットは、南北約1300m, 東西約1500mの堀で囲まれている。

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寺院は西を向いており、西塔門から入る。ここからは中央祠堂は全く見えない。
クメール寺院は、一般的に東西軸で造られており、西側を向いている。
朝日は寺院の後ろから登ってくるのである。
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長い参道を歩いていく。600mほどある。
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アンコールワットの尖塔は5つあるが、歩いていくほどに見え隠れする。
この位置からはちょうど5つが見える。

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江戸時代に日本から来た仏像。
徳川家光将軍から、インドの祇園精舎視察の命を受けて、1715年、アンコールワットにたどり着いた長崎の通訳、島野賢了はアンコールワットをインドの祇園精舎と思い込んで、見取り図を残している。
その見取り図の模写は現在、水戸の彰考館に保存されている。
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第1回廊、第2回廊、ともにレリーフのギャラリーである。
戦争の様子、天国と地獄。インドの叙事詩、ラーマーヤナから「乳海攪拌」の話など。

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第3回廊は、人数を厳しく制限しており、常時100人しか上がれない。
2時間以上の待ち時間らしい。私達も待っている時間はないので上がらなかった。

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それにしても、あまりの暑さに参ってしまったのでした・・・・・。
ガイドさんの説明も半分しか聞いてないような気がします。





鈴鹿山脈・竜ヶ岳

2018年5月11日(金)

お天気も良さそうなので、シロヤシオを見に行った。
初めての山で、シロヤシオは有名らしいが、最初はかなりの急登。
日頃の運動不足が応えて、息も絶え絶えに登った。

稜線に上がると笹原の中に、白い羊のようなポツポツ。
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近づくと大きな木だった。
更に登ると、シロヤシオの見事なトンネル。


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ここで、かなり満足してしまって山頂には行かず。
友人のリハビリ登山でもあり、私の運動不足も考えると、帰りの急坂が心配になったからだ。



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でもこれでちょうど良かった。
何事も無理は禁物です。(笑)




剣尾山

2018ねん4月14日(土)

本当に久しぶり。多分15年以上かも。
登山口周辺も様変わり、新しいキャンプ場など準備中だった。

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山頂、少し風があるが、見晴らしもよく良いところだ。



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妙高・三田原山

2018年1月14日(日)

記録するのを忘れていたので、備忘のため。



今シーズン初めての山スキー。
昨日は別コースを滑って足慣らし。

今日は良い雪が期待できそうだったのに、雪が降りすぎて大変だった。


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雪が降りすぎると、GPSの衛星補足が遅れ、タイムラグが発生する。
視界の無い中、GPSを頼りに滑っていたら、ルートがずれていて、復帰するのにかなり苦労した。
スキーでは数十秒も滑ると方向がまるで違ってしまうので、激しく雪が降る時は何度も確認が必要です。







昨日は晴れていたのに・・・・。

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若狭三方縄文博物館

2017年10月27日(金)


三方五湖にはサイクリングコースがあるので、計画して縄文博物館から出発したが・・・・。

先日の台風の被害は予想以上に大きく、サイクリングロードは水浸しになっていたり、大木が倒れて乗り越えられなかったり、道が侵食されていたり、ちぎれた小枝で全面敷き詰められていたり、大変な荒れようだった。


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それでも乗り越えながら進んだが水月湖の西側へは通行止めになっていた。

日向湖の方へ。
ここは海水なので、潮の香りがする。釣りを楽しみ人たちで賑わっていた。
久々湖の周りを通って縄文館に帰った。


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時間も余ったので、縄文博物館を見学。
たいそう立派な建物で驚いた。
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                  遮光器土偶
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                      大きな木をくり抜いて作った舟
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1991年、三方五湖最大の湖である水月湖から7万年間分の年縞が発見された。
年縞とは,春先に発生するプランクトンの死骸と、秋から冬にかけて積もる粘土が織りなす白黒の縞模様である。
過去の気候変動や植生変化など、重要な情報が含まれている。






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松山道後の旅

2017年10月18日(水)

法事のため松山にやってきました。
宿は道後温泉の近くで、国史跡「湯築城跡」の直ぐ側。散歩がてら見学に行きました。

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湯築城は室町時代、伊予国守護であった河野氏の城跡です。
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河野氏は12世紀の源平合戦では源氏方として活躍し、鎌倉時代には伊予国で最も有力な武士になった。
河野氏は水軍としても知られ、海賊衆として有名な来島村上氏もその配下であった。


当時の道後は、古くから天皇が来湯するなど、伊予国内では経済的文化的な要地であった。
戦国時代に日本を訪れたイエズス会の宣教師ルイス・フロイスは、「道後の市」と呼ばれ大変栄えていた様子を「日本史」に記しているそうだ。

1585年に豊臣秀吉に攻められ、河野氏は降伏し、湯築城は廃城になったと言われている。


                武家屋敷跡
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              大きな鷺やカワセミなどが住んでいる。
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           城のお堀はかなり残っている。
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           お堀端には播州赤穂から送られたという大きなハゼの木が植えられている。
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 江戸の三田にあった松山藩江戸屋敷で赤穂義士10名を預かったことから、播州赤穂から贈られたものである。
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           立派な実がついている。ハゼの実はろうそくの原料である。。
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今ではこの大きなハゼの木も、歳をとって中が空洞になっているほど。
それを見ると、語られてきた有名な赤穂浪士の話が、現実感を伴って迫ってくるのだった。





涸沢の紅葉

2017年9月30日(土)


ずっと前になってしまったけれど、自分の記録。


                           涸沢岳

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             涸沢の紅葉、最高の見頃。こんなにピッタリの時は稀です。

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         穂高連峰、美しく映えています。
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                     横尾橋まで帰り、今夜はここでテント泊です。
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            横尾は朝起きたら霜が・・・・・。夜中は結構冷えました。
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          上高地へ戻る途中、シダの葉の化石を見つけた。
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               焼岳もくっきり!
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                  河童橋から。
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大台ケ原良いことだけサイクリングと三之公川焚き火キャンプ

2017年7月22日(土)

今日は大台ケ原の方へ行ってみました。

伯母峰トンネルを過ぎて、稜線近くの道まで車で。

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見た目は大したことないと思っていたけど、私には結構苦しい坂でした。

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ともかく駐車場に到着、
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自転車で来ていた人はたくさんいましたが、みんなすごいスピードの人ばかりでした。



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大台ケ原サイクリングの後、入之波温泉で汗を流して三之公川に向かう。


夕立をやり過ごして焚き火キャンプの準備。

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ここは谷崎潤一郎の「吉野葛」の舞台になったところ。
谷崎は明治の終わり頃か大正の初め頃に遊びに来たようだ。
この地方に伝わる伝説や史実を小説の題材としたかったことなどを書いている。
足利義満のときに南北朝が解決したわけではなく、南朝方の後亀山天皇は、監視と冷遇に耐えかねて再び吉野に潜行し後南朝が始まる。
三之公行宮跡や尊良親王のお墓ももう少し奥にあるらしい。

今でもかなりの山奥。昔にこんなところによく住めたものです。
史実なのか伝説なのか、疑問に思えてくるほどです。



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           焚き火での焼き茄子は絶品です。
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                  宴会は夜更けまで続く。私は途中で寝ました。

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玉川峡サイクリング@和歌山県橋本市

2017年7月15日(土)

最近ずっと閉じこもっていたので、久しぶりにサイクリングに行ってみました。

玉川峡。

木陰の涼しい道が続きます。
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いつの間にか標高を稼いで、高いところへ上がっていました。
向こうの山は高野山に続きます。
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富貴の峠を越えると五條市まで下り坂のみ。



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こんな面白い地名。宝くじでも買ってみましょうか。







明日香資料館

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ここには有名なキトラ古墳の壁画の実物大レプリカがある。
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       久しぶりに石舞台にも行ってみました。
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古墳上部の土が失われ、露出しているが、6世紀後半にこの地で政権を握っていた蘇我馬子の墓ではないかと言われている。巨大な石をどのように運んで積んだのかは謎だ。
天上の石は、北側が64トン、南側が総重量は2300トン。
玄室の長さは7.7m。幅3.5m。高さ4.7m。


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                排水用の溝が作ってあるのがはっきり残っている。

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智積院・国宝の障壁画

2017年5月17日(水)
真言宗智山派の総本山です。
ここには有名な国宝の障壁画があります。

長谷川久蔵と長谷川等伯による、桜と楓の壁画は日本の障壁画を代表するものであるとのこと。
久蔵は等伯の息子である。
中でも特に有名なのが、桜図と楓図。


桜図は長谷川久蔵25歳の作品。26歳の若さで急逝した。
大胆な構図の八重の桜。素晴らしい。

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翌年、父等伯が悲しみを振り切り、楓図を描いた。
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どちらも絢爛豪華。大胆な構図と省略。素晴らしい。






ここには、利休好みの庭と言われる名勝庭園もある。

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縁側に座って、のんびり庭を眺めることができる。
今日は朝からよく歩いたので、休憩できた。

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東寺(世界遺産)

2017年5月17日(水)

5月の連休明け。少しは観光客が減少したかもと思って京都に行ってみました。

東寺はいつも車で通過しているので、今日は久しぶりに中に入ってみる。


静かです・・・・・・。


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偶然にも、普段は見れない五重塔の中が見学できるとのこと。ラッキー
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五重塔は826年、弘法大師が創建したが、雷火により4回も焼失した。
現在の塔は徳川家光の寄進によって竣工した。

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金堂は国宝で、1486年に焼失し、豊臣秀吉が再興させたもの。桃山時代の代表的な建築である。
薬師如来と日光菩薩、月光菩薩の仏像が安置されている。
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講堂は弘法大師により835年頃完成した。その後台風や地震のため修理を重ねたが、1486年土一揆の戦火で焼失した。現在講堂は1492年に再興された。

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中には21体の仏像が安置されていて、16体が国宝。そのうち15体は平安前期のもので、我が国の密教彫刻の代表作であるとのこと。立体曼荼羅と呼ぶらしいが、何とも素晴らしい!!

中に入るとその雰囲気に圧倒される。
最近では、仏像だけ宝物館に移されたりしていることが多いが、ここでは元のまま、ここにある。
それだけでも驚きだが、平安時代から現代に至るまで、多くの人々を見てきた仏像だと思うと、実に不思議な気持ちになる。
静かに対話したくなる。自分のことを考える・・・・。

なんと長い間、存在し続けてきたのか、仏像の命の長さに驚く。人間には到底かなわないことである。

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花の寺・長谷寺

2017年5月3日(水)


牡丹の花で有名な長谷寺。
この時期、必ず混むので行ったことがなかったのですが、今年は早起きして行ってきました。

長谷寺に着いたのは8時ごろ。
流石に、人が少なくてゆっくり見物できました。


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             黄色の牡丹は珍しい。
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           名物の草餅はとても美味でした。
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レモンマーマレード

2017年4月29日

大量のレモンを眺めていた。ハアー、疲れるー・・・・・・・。

レモンにはエリオシトリンという物質が含まれていて、それがミトコンドリアを活発にするらしい。
強い抗酸化作用があり、中性脂肪やら、脂肪肝その他もろもろ成人病や生活習慣病の予防にとても良いらしい。
特に皮には、実の23倍も含まれているらしい。
レモンやライムに含まれていて、オレンジやグレープフルーツには含まれていない。

などと聞いたら、皮を食べるためには、やはりマーマレードを作らざるを得ないでしょう。
と自分を説得しながら、やっと作りました。(笑)

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果汁を絞って、皮を茹でます。いつもは4回だけど、今年は手抜きして3回にした。
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刻んで、果汁を戻し、お砂糖入れて焦げないように煮る。

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     完成しました。食べるとやはり美味しい。やっぱり作ってよかった。
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オルセーのナビ派展@三菱1号館美術館

2017年3月31日(金)

ナビ派は19世紀末のパリで、ゴーギャンの美学から影響を受けて結成された前衛的なグループです。

ボナール、ヴュイヤール、ドニ、セリュジェ、ランソンなど。
特にボナールは私の好きな画家である。

ナビ派が取り上げられることは少ないので見たいと思っていた。


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             三菱一号館美術館。とても素敵な美術館でした。

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北宋汝窯・青磁水仙盆@大阪市立東洋陶磁美術館

友人が見てきたそうで、素晴らしいのでもう一度行きたいということから、私もついて行きました。

人類史上最高の焼物と聞いては行かずにはいられません。
いったい、どのようなものなのか・・・・・?。


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北宋時代は10世紀から11世紀前半。
その時代に、青磁のこのような繊細なやきものができたというのは、やはり凄いことだと思う。

汝窯は、宮廷用の青磁を焼成した。
「天青(てんせい)」と呼ばれる淡い青色は上品で素晴らしいが、どれも同じ色のものはない。
端正な形と、上品な質感、下に付いた足の形の美しさはしばし見とれる。

紫檀製の豪華な台座も作られていて、小引き出しには皇帝の筆による小さな書画が書かれた本のようなものがいれてあったりする。
その様子からして、とても大切なものだったということは理解できる。

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水仙盆と名付けられたのはずっと後になってからで、未だに何のために使われたのかもよくわかっていない。
不思議なことだ。

後に乾隆帝が景徳鎮で模倣させたものも含めて、海外初公開のものが一堂に揃った。
一つは、東洋陶磁美術館の所蔵である。








戸隠神社から鏡池へ

2017年3月19日(日)

昨日の雪があまり良くなかったので、今日は山には行かず。

戸隠神社のほうへ散歩に行くことにしました。

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奥社の鳥居をくぐり、長い参道を歩く。

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随神門をくぐると見事な杉並木。樹齢400年を超えるこの杉林は天然記念物になっている。


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ここから鏡池に向かいます。冬のクロスカントリーのコースになっているそうです。

池はほとんど凍っていて、ほんの少しだけ池の名残がある。


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ここは池の真ん中です。戸隠山が間近に見える。
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最後は戸隠蕎麦で締めます。
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妙高・三田原山スキー

2017年3月18日(土)

春の3連休とあって、混むのは覚悟のうえで、杉之原スキー場へ。

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リフトトップからは、もうたくさんの人が三田原山に向かって歩いていた。
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このところの運動不足のせいで、息も絶え絶えに三田原山山頂へ。
三田原山は妙高山の外輪山です。
今日も妙高山が良く見える。
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外輪山から、中へ降りようとする人もいます。
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上の方は楽しめたが、少し標高が下がるととても重い雪だった。


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久しぶりに運動しました・・・・・。(笑)






鈴木其一@細見美術館 と知恩院冬の特別公開

2017年2月16日(木)

立春が過ぎても寒い日が続いていたが、今日は珍しく暖かな日。

鈴木其一は江戸琳派を開いた酒井抱一の一番弟子です。
私はあまり知らなかったけれど、大胆で自由な構成と、繊細な観察力を併せ持った作風。
それらはまるで別人の作品と思わせるほど、バラエティーに富んでいる。
いろいろな才能がある人だったのだと思う。


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         私が一番好きだったのはこれ。
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その後知恩院の冬の特別公開へ。いつ見ても立派な三門。

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          知恩院は徳川将軍家の菩提寺です。
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          梅の花もチラホラ。
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          鴬張りの廊下

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           三方正面向きの猫の絵
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その後。散歩がてら河原町まで。
最近評判だとNHKで見たお寿司屋さんへ行ってみました。



久しぶりに山スキー?

2017年1月25日(水)

白川郷近くの山へ行くことになり、出発したら・・・・・
雪が降りすぎて名神高速道路が通行止めになりました。

仕方がないので琵琶湖西側に方向転換。
マキノスキー場あとへ行き、赤坂山へ登ることになりました。

雪が重くて重くて・・・・・帰りの滑りが心配になり私は途中でギブアップ。

雪は降りすぎても困る。
けれど運動にはなりました。


マキノにあるメタセコイアの並木は有名で、雪化粧の並木道は美しく、写真撮影してる人がたくさんいました。
この寒いのにご苦労様。と思ったけれど、私たちだって同じようなものですね。


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                  マキノのメタセコイア並木





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乗鞍岳初スキー

2016年12月24日(土)

寒波が来るというので乗鞍のスキー場へ行ってみました。






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                                              良いお天気でした。









本州最南端・潮岬サイクリング

2016年12月3日(土)

和歌山県、紀伊田辺にやってきました。
何故かと言うと、山グループの方が紀伊田辺に転勤になり、皆で訪問することになったのです。


先ずは樫野崎を目指して出発です。

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樫野崎は明治23年に、トルコ国皇帝の使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号が悪天候のため難破して、
島民が献身的な救助活動を繰り広げ69名を救助したという有名な話があります。
その時引き上げられた遺体をこの丘に埋葬し、昭和12年にはトルコ共和国の資金により現在の慰霊碑が建立されました。
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樫野崎灯台は慶應2年(1866)、江戸幕府とアメリカ等4か国との間で結ばれた江戸条約で建設が決められた8灯台の一つです。
英国人のブラントンがわが国で初めて手掛けた石造りの灯台で、明治3年6月10日に点灯されました。
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天気が良い日は穏やかな海です。


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次は本州最南端の潮岬に向かいます。

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                   潮岬灯台。
こちらもブラントンの設計により建てられ、明治3年の点灯です。
68段のらせん階段。狭くて上まで登るのは一苦労です。
灯台の下は資料館になっています。
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大正4年に設置されていた2等灯台のレンズ。
レンズは焦点距離によって1等から6等まで格付けされている。

レンズの放つ光は、近くにある別の灯台と混同しないように、色や光方など様々な組み合わせにより、個別の信号を送るようになっている。

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12月とは思えない暑いほどの陽気でした。



紀伊田辺は、「弁慶」の出身地でもあります。
熊野神社の別院がここにあったそうです。
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天神崎は日本のナショナルトラスト運動の最初の例でもあります。

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メアリー・カサット展 (京都国立近代美術館)

2016年12月1日(木)

ずっと気になっていたメアリー・カサット展。やっと行けました。

19世紀後半のパリで活躍したアメリカ出身の画家。(1844~1926)
ドガのパステル画と出会って衝撃を受け、その絵が私の人生を変えたと語っている。

ドガの勧めで印象派展に出品を決意し、革新的な表現を模索する。


身近な女性や、母子像を好んで描いている。

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浮世絵の影響も受け、人物配置や構図などに取り入れられている。
意欲的な絵が並んでいた。